『もう一つの闘牛ドラマ』

[全島昭和40年生 厄払い闘牛大会」
日時:平成13年1月4日(金)午前10時開始
場所:伊藤観光ドーム闘牛場
主催:徳之島三町昭和40年生

 2001年の幕開けを告げる正月元旦「昭和55年生成人記念闘牛大会」。
 結びの一番に挑んだのは、粘り強い闘いぶりで3連勝中の元田ヒラ号(喜念) 、対するは大角を生かしたカケを得意とする東天龍憲仁号(母間、5勝1敗)、誰もが横綱戦らしい好勝負を期待した。
 大会前、脚部不安から対戦取り消しという噂が両牛サイドから流れ、番組変更も囁かれたが、新年早々の横綱戦出場を取り止めるわけにはいかなかった。
 特に元田ヒラ号は、昨年7月大会の横綱戦が対戦相手の病欠で当日に取り消しとなり、悔しい思いをしているだけに欠場だけは避けたく、沖縄の知人から牛の足病みに効くという薬を取り寄せてまで調整を続けた。
 いざ、対戦開始

元田ヒラ号の勇姿

 次男坊入場
 早々に、東天龍憲仁号の猛攻が始まる。得意の大角を使ったカケ技で前に前にと押して出る。元田ヒラ号は防戦一方だ!柵際で必死に踏ん張りながら耐え続ける…
 30秒経過、取組みは始まったばかりであり、東天龍憲仁号の攻めは緩むことがない。
やはり足の状態が完治していなかったのか?
堪えられず横向きにされ、勢い良く東天龍憲仁号の角が元田ヒラ号の横腹にめり込む…
勝負あり!
牛を押さえる双方の勢子達…元田ヒラ号の横腹から鮮血がしたたり落ちる。
勝ち牛の応援団もワイド・ワイドと喜びをあらわにすることはなかった。
 その夜、翌日(2日)の大会に出場する牛主宅のあちらこちらで前祝いが行われていた。
 喜念集落からも二頭の牛が出場することになっており、家々には集落を挙げて応援する仲間達が駆け付けて賑わっていた。
たが、そこに親分肌で宴席を盛り上げてくれる元田の姿はなかった。
 その日の横綱戦で敗退した元田ヒラ号のオーナーである。 「一緒に行こう」という友人にも「俺が行っては縁起が悪い!」と断わり、一人家にこもっていた…

2日の大会、喜念集落から出場した二頭は善戦むなしく敗れた。
 「やはり、元旦早々の横綱戦で敗れたから…」ますます、やるせなさにかられて落ち込む元田。
 翌日もっと悲しい知らせがもたらされる。

ツキ技で応戦する元隆柏木号 

 角掛けで押し込もうとする次男坊
 3日早朝、いつも通り牛舎に向う伊藤だが、なにか胸騒ぎのようなものを覚えながら車を牛舎に走らせた。目覚めた時、元田ヒラ号と同じ牛舎にいる愛牛次男坊の遠吠えが聞こえたような気がしたからだ。
 次男坊は静かにたたずんでいたが、横に居るはずのもう一頭に異変が…元田ヒラ号は横倒しになり、手当の甲斐なく既に息を引き取っていた。
 「元田ヒラ号 死亡」

 命掛けで闘う闘牛のオーナーとして避けられないこととはいえ、あまりにも突然の出来事であった。それでも事情を察した仲間達がすぐに集まり、元田ヒラ号は手厚く葬られた。それを見届けた元田は、そのまま家に閉じこもった。

3日は2場所で闘牛大会が行われた。
 喜念集落からの出場牛は、午前の全島大会に出場した三頭が揃って見事な勝利を納め、対戦成績を五分に戻したと喜んだが、午後の犬田布大会に出場した一頭が力一歩及ばず惜敗した。

 翌4日は正月最後の闘牛大会。 喜念からは二頭の牛が出場する。 夜になると、そのうちの一頭である次男坊のオーナーである有山宅に、地元の仲間達が集まり、勝利を誓って酒を酌み交わしていた。
 だが、そこにも元田氏の姿はなかった…仲間と談笑しながら有山は元田の事が気掛かりで仕方なかった。
 酒が入った勢いもあったが、思わず電話を取ると電話口に出た元田に叫んだ、
 「いつまで落ち込んでいるんだ、これ以上悪くなることはないだろう!」
 
「明日の次男坊の入場は、お前がマシュ(塩)撒け!」

腹の取り合い 

 相手の得意技を凌ぎながら闘う両牛
 伊藤の言葉には、自分の厄は自分で払えという思いがこもっていた。
 数分後、宴席には元田がいた。「明日の厄は俺が払ってやる!」意気軒昴な彼の姿があった。

 4日「昭和40年生厄払い闘牛大会」
 封切りから3番戦までが6分51秒、12分04秒、4分28秒と順調に消化されて行く。
 いよいよ次男坊の出番! 約束通り元田が先頭に立って、マシュを撒きながら入場する。
 対戦相手、元隆柏木号は先に入場して待ち構えていた。元隆柏木号は友良号としてデビュー。ツキを得意技としながら、30分の長期戦もこなすなど粘り強さも合わせ持っており、これまで2勝1分と負け知らずの人気牛だ。
 
静かに角を合わせる両牛。いきなり元隆柏木号が得意のマキ突きで次男坊の眉間を狙う!
 対する次男坊は、ヒラ気味の角を生かしたカケでその技を封じようとする。
 ならば、とカケ返し押し込んでくる元隆柏木号。体を預けて踏ん張り、逆に押し返す次男坊。
 一進一退の攻防が続いた。
 30分経過…通常ならここでどちらかがスタミナ切れとなり、舌出し・敗走となる。
 たが、両牛とも腹の鼓動が荒くなっているものの舌出しとなる様子は無く、必死の形相で闘い続ける。
 会場からは引分にしろという拍手が鳴り響き出した。
 しかし、疲れも見せず攻防を繰り広げる両牛、その拍手が体勢を占めることはなかった。
 40分経過…勝負の行方は混沌としてくる。勝負がつくのか、引分とせざるを得ないのか?
 次男坊の方がマキを突かれ流血が激しいだけに、先に舌を出すのではないか?


睨み合う両牛 

 元隆柏木号、敗走

 一歩も引かない両牛だが、元隆柏木号に分があるかの雰囲気が漂い出した。
 次男坊を励ますような表情で見つめる伊藤の胸に去来するもの、「やるだけのことはやってきた…」元隆柏木号との対戦が決り、往復2kmの喜念浜の砂丘を歩かせ次男坊のスタミナ増強に励んで来た「こうなることは想定済みだ。」
我慢し切れず先に舌を出したのは、元隆柏木号の方だった。
 「行け!」次男坊の勢子が気合いを入れる。
 ここぞとばかりに前に出る次男坊。たまらず元隆柏木号は横に跳ぶ。
 勝負あり!…対戦タイム44分28秒
 応援団が一気になだれ込む。「ワイド!ワイド!」の歓声!
 元田はマシュを太鼓に持ち替えて小躍り。
 ガッツポーズをする有山。 歓喜の輪が次男坊を取り囲みながら会場を引き上げて行く。
 果たして、その最後を看取った次男坊に元田ヒラ号の思いが乗り移ったのであろうか。元田のマシュを撒きが見事に厄を払ったのか?その真意の程は定かではない。そうあってほしいというのが島人の気持ちと思える。
  余韻に包まれている次男坊の控小屋に、嬉しい知らせがもたらされた。12月も半ばになって大関戦に急遽出場が決定したワイドワイド号も、4連勝中の相手に32秒で完勝したという報告だ。再び「ワイド!ワイド!」の声が鳴り響く。

 大会を終えて牛舎に戻り、牛の労をねぎらうと早速祝勝会が行われた。
次々と仲間達が有山宅に集まってくる。宴席の真中には勝利牛トロフィーと敢闘賞のカップが誇らしげに飾ってある。皆、満面の笑顔だ!特に元田の鼻息が荒い、「俺のマシュ撒きが効いたんだ!」その表情には、はつらつとした彼の普段通りの笑顔が戻っていた。
 次男坊のオーナー、有山、伊藤も満足げな表情で酒を酌み交わす。

 たかが闘牛・されど闘牛…ここに闘牛の醍醐味がある。島人を引き付けて病まない闘牛の魅力を垣間見た四日間だった。

歓喜に沸く勢子と応援団 

(敬称略)
※正月四日間の闘牛大会を通して聞いた話などをもとに観戦記を書きました。
 皆様の感想などを頂ければ幸いです。


観戦記