闘牛大会観戦記
プロジェクトBULL〜勝利の波に乗れ!!〜
Music “Viva! Tokunoshima” by Made in Tokunoshima / BLISTER
その男は、生涯忘れられないだろう勝利の喜びに包まれていた。

中島友記、愛牛「母間鰹」のオーナーの一人である。

「母間鰹」一般的には耳慣れない言葉だろうが、徳之島の魚好きには遍(あまね)く知られ、一種のブランドになっている刺身魚である。地元でも鮮度や品物にこだわる鮮魚店や居酒屋でしか扱っていない。徳之島町の母間集落沖の近海で捕れる、スマガツオもしくはホシガツオをこう呼んでいる。

漁協のセリ市には様々な魚が並ぶ
例えれば、本土でいうセキサバやセキアジのような希少価値のある商品である。特に秋に上がる母間鰹は脂も乗り、少々大げさではあるが、その舌触りと食感はマグロのトロに匹敵、若しくはそれ以上と言っても過言ではない。

とは言っても、闘牛として戦う牛に付けるネーミングとしては全く聞き馴れない名前だ。通常、伝統的には個人名・企業名(屋号)などが普通。グループ名や生れ年、好きなキャラクター名という場合もあるが、かつて無いネーミングであろう。
それでも敢えて「母間鰹」とした…。

「隆海花形」として平成14年4月26日沖縄県の石川合同大会でデビュー戦を飾り、同年6月2日の赤道大会でも勝利。2連勝の実績を買われ、軽量級優勝旗を期待できる牛として徳之島町花徳にトレードされた。

徳之島での初場所は、平成14年10月5日の「第5回全国闘牛サミット記念大会 前夜祭ナイター闘牛大会」の封切戦と決まり、活躍が期待されていた。

その矢先、アクシデントが襲った!

原因不明の病気、餌(草)を全く食べなくなり、牛は痩せ細る一方。獣医師に診せても原因は不明。栄養剤等を注射しながら回復を試みるが、一向に改善の兆し無し。いつ死んでもおかしくない、生死の淵を彷徨(さまよ)う事になり、大会への出場は断念。なんとか一命を取り留めたものの、闘牛生命の危機に瀕した。
翌年3月までには体調も戻り始め、様子を見る意味もあり平成15年4月27日の大会への出場を決める。しかし、今度は対戦相手が不調を理由に断ってきて対戦取消。
またもや、出場の機会を逸する。尽く運に見放されているかのような徳之島での一年。ついにオーナーも手放す事を決意した。そこで打診があったのが、現メンバーの一人である高橋光也。神戸在住であるが、牛主が経営する会社の従業員であった。気心の知れた幼馴染や兄弟にその話を持ちかけると皆が賛同し、仲間7人で購入する事になった。

平成15年10月13日、「隆海花形」は徳之島町母間の牛舎に移り、晴れて7人の愛牛となった。この7人の胸には期待と不安が入り混じっていた。
「確かに牛の造りも道具(角)も良いが…」
「将来が期待されていただけに、実力は十分なはずだ…!」
「沖縄での実績が島(徳之島)で通用するのだろうか?
「病み上がりで、本場所で力を出し切れるだろうか?」

牛主となった以上、牛がその力を出し切れるよう調教して行くのが責務であり、「やれるだけの事はやろう!」その気持ちで、7人は一致した。
この7人には共通するものがあった。幼い頃から一緒に闘牛を世話してきた。仲間で愛牛を出場させ、それらのグループは「昭和無敵」グループと名乗るようになった。そのリーダー格、喜多川は自ら牛の爪も切るなど牛の調教には定評があり、その実績は高く評価されている。7人とも喜多川のもとで切磋琢磨し、互いに闘牛を育てて来たメンバーだ。

「全員で力を合わせれば…」とは言っても、そのうち3人は本土で仕事をしており、実際の世話は徳之島在住の4人が担当した。その後、4人の仕事の関係もあり、世話をしやすい同町井之川の富田牛舎を借りる事になった。主に世話全般(草刈)を年長の中島友記と大川文敏、朝の世話は自宅が近い松本修が担当。一番年下ながら、しっかり物の高橋徹が経理と夕方の世話を担当することになり、自然と4人の役割分担が決まっていった。

このように複数名での所有を組合牛と言い、個人所有が難しくなってきている社会情勢もあって最近徳之島でも増えている。個人の負担が減る一方、世話の仕方・調教方法でもめたりするのが難点で、牛よりも人間関係で煩わしくなり、共同所有を嫌がる牛主もいる。
ご多分に漏れず、調教方法で中島と大川が揉めた。年下の松本と高橋がそれをなだめ、取り成す。同じ目標を持つメンバーだからだろうか?人間関係でも自然とそのような構図が出来てきた。牛も草の食い込みが良くなり八割形体調は回復しているかのように感じた。

年も明け正月大会の熱狂が納まる2月、対戦相手の打診があった。
名うての速攻牛、「龍(タツ)道場」だ。「龍道場」は、「翔真龍安田設備」として平成14年9月15日(日)「全島若手花形闘牛大会」でデビュー戦を飾り、平成15年5月5日(月)「ザ・闘牛IN徳之島 全島オールスター闘牛大会」で「翔真龍安田道場」として41秒で相手を退け、2連勝。正に上り調子の若手牛だ。
それでも、7人には自信があった。
「この牛が実力を発揮すれば勝てる相手だ。」不思議と全員が一致した意見を持っていて、すんなりと対戦相手は決まった。

次に牛の名前についての議論が始まった。そこで中島は考えた
「我々は母間で牛の調教の“いろは”を学んだ。母間で一番のブランドと言えば母間鰹(ボマガツオ)ではないか?」
「勝(カツ)!に掛けて、母間鰹としよう!!」

3人はその突拍子も無い名前に唖然とした。その様子を見た中島の演説が始まった。
「牛を闘わせるのは5月5日の闘牛大会。正に端午の節句。端午の節句に合わせて飾るのが鯉幟(コイノボリ)。徳之島の魚で有名なのは「母間鰹」、向こうが龍ならこちらは鰹だ!」
完全には理解しがたい理由だが、3人はその弁舌に圧倒された。

しかし、世間の評価は全く逆だった。
「相手の方がランクが上だ!」「2連勝の相手に、初場所で勝てるか?」「病み上がりの牛が及ぶ相手ではないだろう?」
完全に逆風が吹き始めていた。
きっと理解してくれるだろうと話した地元の漁師にまで、「母間鰹は今旬じゃないだろう!」と言われた。辛かった…特に地元の4人にとってはショックが大きかった。

その不安を打つ消すために、稽古入れる事が決まった。対戦相手は牛舎のオーナーが所有するかみなり小僧。それには理由があった。龍道場との稽古でその左角を折ったのがかみなり小僧だからである。これは稽古でのアクシデントであり、牛も牛主も責めることはできない。その上、龍道場はそのハンデを押し退け2連勝を飾っている。

「試しを取ってみよう!」7人の意見は一致した。
いざ、広場で母間鰹とかみなり小僧の稽古が始まった。その様子を見つめる関係者達。その実力を披露してくれるのを期待した中島達だったが、まったく逆の結果となってしまった。
「あの内容では龍道場に勝てない…」
稽古を見に来た人々は皆同じ感想を抱いた。逆風に次ぐ逆風。自信を持っていたメンバーにも不安がよぎり始めた。

「なんとかせねば…」中島は考えた。
「牛を勝たせるには実力も大事だが、それ以上に人間の気持ちも大事だ。牛主が不安を持って調教すれば、その気持ちが牛にも移ってしまう。何か縁起の良いものはないか…」
その時、昨年のニュースで放映されたカツオのぼりのイメージが蘇った。鰹どころ、鹿児島の枕崎では毎年5月5日端午の節句には鰹祭りが開催され、それに合わせ豊漁と子供たちの成長を願い、鯉(コイ)幟ならぬ鰹(カツオ)幟を上げる。

「枕崎に問い合わせて、鰹幟を取り寄せて飾ろう」
思いついたら即実行。中島は、枕崎市役所に問い合わせ業者を教えてもらい、早速鰹幟を取り寄せた。

風にたなびく鰹のぼり 数日して注文した「鰹幟」が到着した。胸を躍らせ開封する中島。確かに「鰹幟」ではあったが「小さい…」、中身は手で持ち運べるようなミニ「鰹幟」10個。先方も、恐らく通常サイズの「鯉幟」を必要とは思わなかったのだろう。直ぐに飾った中島だが、勝利を祈願するには物足りない気がした。その上、誰も気付いてくれない…。
夕方仲間が集まった席で中島は、「もっと大きい鰹幟を注文しよう」と持ちかけた。皆驚いた。「いったいいくらするのだろう?」会計の高橋の顔が青ざめた。
「勝つために金を惜しんでどうする!足りないなら皆で出し合っても買うべきだ。」中島の演説が始まった、もう誰も止めることはできない。
「俺のビール代がなくなる…」大川が呟いた。

ここまで来て反対論を持ち出す仲間もいなかった。晴れて6mはある大型の「鰹幟」が到着した。牛舎横に鯉幟のポールを立て、吹流し・鰹幟・鯉幟・ミニ鰹幟の順に上げていった。中でも透き通った薄青色の鰹幟は、五月晴れの青空に一段と映えていて勝利を期待させるかのようだった。(つづく)


※この物語は実話に基き、関係者への取材を重ねて作成したものです。(敬称略)

【解説】徳之島の伝統文化である闘牛。
その歴史性故に、左綱・トベラなどの厄除け、日柄を見ての角研ぎ、大会前は針仕事をしない、髭を剃らない。そのような伝統や風習、縁起担ぎも時代と共に廃れて来ているのは否めません。
手間や費用、仕事への影響など、そうせざるを得ない面があるのも確かです。そのような中、20代から30代前半の青年たちが、今までにない縁起担ぎをした事に興味を持ち取材させて頂きました。
実際「鰹幟」が勝利を呼び込んだのか、「母間鰹」が相手の弱点を見極める事ができたのか、牛と話せる分けではないので何ともいえないのも確かです。それでも、勝利への執念と牛に対する愛情に深く感動し、この物語を書きました。

「闘牛にはドラマがある!」が私の持論であり、大会があるたびに様々なドラマがあります。これからも、この闘牛のドラマを伝えることができればと思っております。
(記:大和凡人)


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