闘牛大会観戦記
プロジェクトBULL〜勝利の波に乗れ!!〜
Music “Viva! Tokunoshima” by Made in Tokunoshima / BLISTER
これで準備は整った。安堵する中島。大川・松本・高橋もなんとか一息つけると思っていた。牛舎のある諸田地区はサトウキビ畑が一面に広がり、強い風が吹く。鰹幟も悠々と空を泳いでいるかのように見える。

しかし、この事が災いした。

数日後の朝、牛舎に到着するとあの「鰹幟」が見えない。強風に絶えられず「鰹幟」が飛ばされたのだ。
牛舎のオーナーである富田からの連絡に、皆慌てた。手分けをしてサトウキビ畑を探すが、どこまで飛ばされたのか検討もつかない。

牛舎前に厄除けのトベラを備え付ける 
「縁起が悪い…」中島、「言わんこっちゃない…」大川、「海まで飛ばされてないだろうな…」松本、「残金が無いのに…」高橋。
「あったぞ〜」富田がサトウキビに引っ掛かっていた「鰹幟」を担いで走って来てくれた。

間もなく大会一週間という時期、トラブル・アクシデント続きで思いは様々のメンバーだったが気持ちは一つになっていった。

大会前日恒例の前祝には、ゴールデンウイークに合わせ、本土在住の3人のメンバーも参加。島内各地から応援してくれるメンバー、帰省した先輩・後輩。足の踏み場も無いほどの仲間が集まり闘牛談義に花が咲く。やはり、話題はネーミングや鰹幟の事が引き合いに出されるが、この場では全て笑い話にして場を和ましていた。そして参加者達は、明日の大会に合わせ頃合を見計らって引き上げて行く。

鰹のぼりと龍道場の幟が並ぶ いよいよ大会当日。メンバーの一人は、いち早く闘牛場に向かい「鰹幟」を飾り必勝を祈願する。遅れること数分で対戦相手も自らの名前「龍道場」が入った幟を立てた。
牛主は誰しも愛牛の勝利を願うものだ。

闘牛場に向かう前に武器である角の仕上げを行う。研ぐのはメンバーが絶大な信頼を寄せる喜多川だ。牛の表情にも闘いに向かう闘志がみなぎ始めているように感じる。清めの塩とお神酒を撒き、闘牛場に出発。
「母間鰹」はこの日の封切戦で「龍道場」と対戦する。封切戦に選ばれると言う事は、牛主にとっても栄誉な事である。大会の取りである横綱戦、中押しとして位置付けられ「小結」「指名特別」などとされる中盤戦に続き、大会の初っ端を飾る封切戦は観客を沸かしてくれる期待が高い対戦が組み込まれるからだ。いち早く闘牛場に到着し、出番を待つ。


開始早々の攻防

角を合わせる。

5月5日午前9時30分。「全島大型闘牛大会」の幕開け!
「封切特番、龍道場、母間鰹、入場願います」のアナウンス。いざ、太鼓・ラッパを吹き鳴らし、ワイド・ワイドの掛け声と共に決戦場へ。
先に入場したのは「龍道場」、後から「母間鰹」、喜多川が綱を持ち静かに角を合わせる。
いざ、対戦開始!


同時に、「龍道場」の猛攻が始まった。得意の速攻で攻め立てる。突いては前に出て、左からの角カケで攻めてくる。防戦一方の「母間鰹」。対戦開始から2分も経たぬうちに柵際まで攻め込まれるが、なんとか詰まる事無く回り込んだ。なおも龍道場の攻めは止まない。再び柵際まで押し込まれる。沸く場内、喜ぶ相手側の応援団。

速攻で攻める龍道場(左)
跳ね上げを見せる龍道場(右)ぶ

対戦時間も5分を過ぎ、怒涛の攻めを凌いでいる母間鰹に余裕が見え始めて来た。
「この攻めに絶えつづけるのはきついが、一方からしか攻めてこない…」と、相手の弱点を見切ったかのように見えた。

ここもなんとか踏ん張るが、素早いスピードで懐に飛び込んでくる相手有利の雰囲気が場内に広がっている。果たして、反撃のチャンスはあるのだろうか?


体をくの字に曲げて凌ぐ母間鰹(左)

並ぶ両牛 前述したように龍道場は稽古で左の角先が抜けたため、左からは攻めきれず右からの攻めが中心となるのである。

攻守が入れ替わり出した。

勝負どころを掴んだかのように、母間鰹左からの角掛けで相手の技を封じ始めたのである。
たまらず、横に付いてしのぐ龍道場。

一気に形勢逆転、母間鰹は左からの角掛けでぐいぐいと前に出て、相手を柵際まで押し込む。そこは連勝牛、体をくの字に曲げながらも凌ぐ龍道場。


一気に攻め込む母間鰹(手前)

形成逆転、攻め込む母間鰹(手前)

再び土俵中央まで持ち返すが、完全に母間鰹のペース。
ここを勝機とばかりに、母間鰹の角掛けからの腹取りが炸裂!追い討ちも決めると「龍道場」はそのまま敗走。
対戦タイム14分15秒「母間鰹」の勝利!

母間鰹の速攻が決まる(左)
龍道場敗走 
場内に一気になだれ込む応援団。太鼓・ラッパが鳴り響き、ワイド・ワイドの掛け声と共に、手舞い・足舞いの喚起の和が広がる。次々の牛の背中に乗る牛主や勢子。子どもを乗せるメンバーも。

快心の勝利だった。牛の名前・鰹幟、失笑を買いはしたが全てはこの日の勝利を願ってのこと。牛もその期待に答えてくれた。稽古以上の力を発揮し、素質の高さを十分見せてくれる対戦内容だった。相手が名うての評判牛だっただけに、より勝利の喜びは大きかった。


歓喜に沸く勢子と応援団 
本土に在住しながらも牛の様子を気に掛けて電話をしてくる3人のメンバー。

携帯電話の使用料が一気に上がったが、そのような事は脳裏から消えていた。

牛の世話や調教で激論を交わし、喧嘩をしながらも一つの目標の為に頑張ってきた地元の4人。

台風の中の草刈で難儀した事、ネーミングや鰹幟で笑われた事も、この勝利が全てを吹き飛ばしてくれた。

ワイドワイドの掛け声に包まれながら、愛牛を囲み揚々と闘牛場の外に出る。

ふと空を見上げると、悠々と「母間鰹」が泳いでいる。勝利の波を乗っているかのように…


その日の夜、前祝と同じ高橋の家で祝勝会が行われた。

皆とても言葉では表しきれない満足感に包まれ、深夜遅くまで宴会は続いた。

それでも、生きものである牛を飼い、勝負の世界で生きるからには完全な休息は無い。

翌日からはこれまで通りの日常が始まる。

定時に起き、勤務先に向う者。徳之島空港発の便で本土に戻る者。

この日から次の戦いへの準備も始まるのである。


※この物語は実話に基き、関係者への取材を重ねて作成したものです。(敬称略)

【解説】徳之島の伝統文化である闘牛。
その歴史性故に、左綱・トベラなどの厄除け、日柄を見ての角研ぎ、大会前は針仕事をしない、髭を剃らない。そのような伝統や風習、縁起担ぎも時代と共に廃れて来ているのは否めません。
手間や費用、仕事への影響など、そうせざるを得ない面があるのも確かです。そのような中、20代から30代前半の青年たちが、今までにない縁起担ぎをした事に興味を持ち取材させて頂きました。
実際「鰹幟」が勝利を呼び込んだのか、「母間鰹」が相手の弱点を見極める事ができたのか、牛と話せる分けではないので何ともいえないのも確かです。それでも、勝利への執念と牛に対する愛情に深く感動し、この物語を書きました。

「闘牛にはドラマがある!」が私の持論であり、大会があるたびに様々なドラマがあります。これからも、この闘牛のドラマを伝えることができればと思っております。
(記:大和凡人)


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